来 歴


万緑の時


グリーンランド
私の地図の極北に位置する
やさしい氷の島
「人間はね この氷床におおわれた島を
グリーンランドと名づけたのです」
昔 人文地理の授業で
N先生から聞いたことば

海に迫る氷の絶壁が
巨大な氷塊となって崩れ落ちる
厳しい島の顔を
私の知識はすでに得ているが
Greenland 黒板に書かれた文字は
意識の海面に時に浮かんできて
ふしぎに明るい風景を
今も私の心にもたらすのだ
辞典には
「ヨーロッパ人の来航をうながし
開拓者を鼓舞せんがために
発見者エリックによって
グリーンランドと名づけられた」とある
けれど私が思い描く
ノルマン人エリックの経歴はこうだ
針葉樹の疎林と
地表をわずかにいろどる癬苔に
緑なす新世界を発見した人

今日は早春という名の林の朝
雑木の梢は
早くも前ぶれの新芽の点描を見せている
やがて天に近いあたりが
いちめんの萌黄に煙って行き
あの祝祭の日々がやってくる
それならば わが魂を鼓舞せんがために
今をこそ緑の時と名づけよう
漂流するわが魂は
枯れ枝の梢をわずかにいろどって
ようやく立ち止まったところだ
私の地図にひろがる新しい世界を
五月の葉しげみよりも
更に鮮烈に染め上げる
今は万緑の時
生まれ出ようとする魂の季節

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